本日は、前回のAS元会長の田中時彦氏につづき、今回は、現会長の伊藤明生会長とコミティアの会長の中村公彦会長のトークイベントでした。

途中、元 「作画グループ(SD企画:超人ロックで有名)」の みなもと太郎先生 をゲストに加え、先人たちの偉大さに感服させられっぱなしの自分がそこに居るような状況でしたw
09-05-20a

詳細については、ここでは話しませんが、今日のトークショウで、個人的に得られたポイントをいくつか紹介したいと思います。

〖ポイント1〗
単純な懐古にとらわれず、三者それぞれ今後の漫画の行方について真剣に取り組んでいた。この情熱(モチベーション)はなんだったのか?

〖ポイント2〗
作画グループ会長のばんば氏が他界されたことで、作画グループ終了宣言が先月末に行われた。これにより、皮肉にもアズ漫画研究会の存在感が再認識されたこと。そこで、会長の引継ぎ議論が再燃。

〖ポイント3〗
あるコミュニティでなんらかの偶然が重なって生まれ、そして「続ける」ことの意義は何なのか?(しかしこの議論は全くされなかった。)続けることがなんとなく重要ということが前提になっていた。

〖ポイント4〗
アズの世代交代はなぜ、うまくいっているのか?(永く続けられているのか?)
実は、この話は、以前田中時彦氏と私とヨシダで話したことがある。
答えがあまりにも痛快www 「伊藤さんのような馬鹿がいたから」という答えだったwww 中村さんともその点少し話して、多少、後継者探しを意識しているようでしたが、いわゆるアズでいうところの「馬鹿」とはまだ出会いがそれほどない様子でしたw

総合所感
以上、4ポイントにまとめさせてもらいましたが、私は、アズが世代交代をうまくやり、存続している理由は、メディアや漫画の形式にとらわれない、ある種のおおらかな村社会的コミュニティだったからではないか?と考えております。・・・がしかし それでは、様々なメディアをつなぐ「紐」のようなものが存在しないと、これもまた存続はむずかしいと考えます(村のような不動産(土地)はありませんかね)。作画グループの場合、その「紐」がばんば会長本人だったと推測され、本人の意思決定が不可能になった時点で、それは終了してもおかしくなかったわけである。アズの場合、「あず」という同人誌がその紐役を果たし、その編集長を毎回変えることによって、権威の集中を行なわなかったことがつづけられた原因ではないか?と推測します。また、キーとなるのは、展示イベント、馬関まつりなどのイベントが、定期的に行われたことがかなり大きいこと。ともかく、今回も前回同様いろいろと啓発させられました。アズのいいところがまた一つわかったような気がします。

▼うちあげのときのみなさんの寄せ書き
20160806あず